2023.07.07
マーケティング

読者の動きを徹底分析! 「クーリエ・ジャポン」のデータ活用術

数多の海外メディアから記事を厳選し、既存の日本メディアでは得られない情報を届ける「クーリエ・ジャポン」。
データを活用した読者体験の作り方をはじめ、読者ビジネスの最先端について、編集長を務める南浩昭さんにお話を伺いました。

*この記事は2023年4月26日に開催されたオンラインセミナー「Uniikeyz of the Day act.1 コンテンツビジネスは「IDx」で次の時代へ」より、セッション「データから見るオンラインメディアの読者体験とコンテンツの価値」を書き起こし・加筆したものです。

「Uniikeyz of the Day act.1 コンテンツビジネスは「IDx」で次の時代へ」見逃し配信はこちら

南浩昭(みなみ ひろあき)
株式会社講談社 「クーリエ・ジャポン」編集長

2003年講談社入社。フライデー編集部を経て、2006年に創刊直後のクーリエ・ジャポン編集部に配属。主に海外ビジネス、テクノロジー、海外移住に関する特集・記事を担当。イベントやウェブ開発等も手がける。2017年9月から1年間内閣府へ出向し、国の知財戦略の策定に従事。2021年2月より現職。

【クーリエ・ジャポン 公式サイト】https://courrier.jp
【クーリエ・ジャポン 公式Facebook】https://www.facebook.com/courrierjp
【クーリエ・ジャポン 公式Twitter】https://twitter.com/courrierjapon
【クーリエ・ジャポン 公式Instagram】https://www.instagram.com/courrier_japon

聞き手:株式会社コンテンツデータマーケティング(CDM) 岡田


複雑な世界を多様な視点で捉え直す

-「クーリエ・ジャポン」はひとことで言うとどんなメディアでしょうか。

世界中のメディアから厳選した記事を日本語に翻訳して届ける、国際情報に特化したウェブメディアです。
もともとはフランスの週刊新聞「Courrier International」の日本版として、2005年に紙で創刊され、2016年にウェブメディアへ移行しました。

PVによる広告モデルではなく有料会員制のサブスクリプションモデルを採用しており、プレミアム会員からいただく購読費が主な収益源です。紙の時代から定期購読者が多く、それを基盤に現在の形ができました。
その会員登録システムと行動データ分析のところで「Uniikeyz」を利用しています。

– 読者の皆さんにどのような価値を提供したいと考えていらっしゃいますか?

創刊当初から、“世界にはメディアの数だけ「視点」がある。”というコピーを掲げています。誰もがグローバルな視野を広げるべき時代に、できるだけ多様な視点を提供するという理念です。
「世界中のメディアから記事を集めている」点が特徴で、いわゆる欧米だけでなく、南米・アフリカ・オセアニア・アジア各国のメディアの記事も扱っています。

読者の方からは特に、フランス・ドイツ・スペインなど、非英語圏のヨーロッパ視点で書かれた記事が高く評価されています。
これにはもう一つのコピー、“アメリカだけが世界でしょうか?”が深く関わってきます。

2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が起きたとき、後に「クーリエ・ジャポン」初代編集長となる古賀義章さんは会社の研修でフランスに滞在していました。
混乱の中、現地のメディアで情報を得ようとしたときに出会ったのが、本家フランスのクーリエこと「Courrier International」でした。

▲ビルの瓦礫と「Pourquoi?=なぜ?」のコピー

ニューヨーク・ポストをはじめアメリカの各紙は、「テロは許されないことであり反撃必須」と強い論調で、日本のメディアもこれに追随するものがほとんどでした。
しかし「Courrier International」を読むと、アメリカ以外の国では違った報じられ方をしていたことが分かります。

たとえばアルジェリアのレクスプレシオン紙では「長年イスラエルと共謀・共犯関係を結んできた、アメリカの不正が暴力を招いた」。
レバノンのデイリー・スター紙では「復讐ではなく、大戦後の日本やドイツに発揮した寛容の精神を取り戻せ」。
スペインのエル・バイス紙では「先進国は飢餓や貧困や移民などの問題に無関心で、憎悪の温床を放置したことがテロを招いたと認めるべき」といった主張を報じています。

大切なのは、複雑な世界を単純化せず、多様な視点から理解しようとすることです。
日本に入ってくる海外ニュースはアメリカ視点に偏りがちですが、それ以外の視点を提供することが「クーリエ・ジャポン」の価値であると考えています。

会員の行動データで分かった「紙との違い」

– プランを拝見すると、「無料会員」と「プレミアム会員」がありますね。

はい。ゲストの状態で読めるのは無料記事のみですが、会員登録をすると有料記事も月2本まで読めるようになります。
さらにプレミアム会員になると、全ての記事に加え、動画・電子書籍・イベント優先招待……と「クーリエ・ジャポン」をフルに楽しめます。

無料会員枠の導入は2021年秋からです。収益がすぐ比例して増えるわけではありませんが、つながれるユーザーの数が格段に増え、より多くの行動データに基づいたサイト改善が可能になりました。

– どのような改善を行いましたか?

改善の一つ目は、特集至上主義の見直しです。
紙の雑誌だと特集の良し悪しで売れ行きが変わるため、ウェブでも当初は「週1で特集が組まれる」ことを売りにしていました。しかし実際のデータを追ってみると、特集内で複数の記事を続けて読む人は少なく、UIを工夫してもその傾向は変わりませんでした。

考えてみれば、紙の雑誌は「特集が面白そうだからその号を買う」ものですが、ウェブのサブスクは「自分の関心のある記事が毎月読めそう」という期待感から購読するものです。
似た記事が一定期間に固まっているより、定期的に自分の知りたいトピックの最新情報が読めることに価値があるのだと分かりました。今は短期集中の「特集」ではなく、毎月の「連載」を意識して編集しています。

▲特集で新しい記事が追加されると「UPDATE」としてサイト上位に表示される仕組み

改善の二つ目は、「生き方」「教養」ジャンルの充実です。
読者の多くはビジネスパーソンなので、お金を払って読んでもらうからには仕事に役立つ情報が求められていると考えていましたし、紙の雑誌の頃は実際にそのような号が売れていました。
しかしウェブだと、読まれている記事も会員登録のきっかけになる記事も少し違って、生き方や教養、生活に役立つ恋愛や健康などのテーマが人気だったのです。

編集部では、サイト内の行動データ分析に加えて、定期的にプレミアム会員と編集部員の交流会を開いて生の会員の声を聞いています。
その結果、記事選定の4つの軸を「視野を広げる」「教養を深める」「世界の動きを掴む」「(ビジネスの)トレンドを知る」に整理することができました。
読了率なども参考に、はじめの二つの軸については長くてもじっくり読んで満足できる記事、あとの二つは簡潔に起きていることを理解できる記事、という視点で作っています。

– ウェブと紙で、読まれる記事がここまで違うというのは驚きですね。データの活用と、メディアとして届けたいものを噛み砕いて伝えていくことの両方が大事なのだと分かります。

そうですね。自分たちが届けたいものはもちろんありますが、実際に読んでくれている読者のフィードバックも意識して編集に取り組んでいます。

とはいえ、サイト内のデータだけにとらわれると会員層は今いる狭い集団で固まってしまうので、意識的に広げる取り組みもしています。
たとえばプレミアム会員特典で「ウォール・ストリート・ジャーナル」日本版と提携したのは、ビジネス分野を補強してサイト内の記事のバランスを取るためです。
データに頼りすぎず、自分たちで考えて動く姿勢も忘れずにいたいですね。

プレミアムな読者体験を作り出すために

– プレミアム会員向けには、記事以外のコンテンツも多彩に用意されていますね。

講談社現代新書の編集部と提携して、「教養動画」というコンテンツを制作しました。
知識人が語る記事への関心がとても高いので、世界だけでなく日本の知識人のコンテンツも需要があるだろうと企画したものです。「新書が優れた情報源なのは分かっていても忙しくて読みきれない」という読者が多いため、新書1冊を著者自ら5分×10回程度の講義動画で届けるというスタイルにしました。

電子書籍を追加課金なしで読める「著名人の本棚」も実現しました。
現代新書だけでなく、学術文庫や選書メチエやブルーバックスなど人文系の本全般と出会う機会を増やしたかったので、月ごとに推薦人を立てて、その人が厳選した5冊を紹介するスタイルです。これらの編集部とはイベントも共催しています。

▲講談社を飛び出してフォーブス・ジャパン編集部とのコラボも

– サイト全体の構築・運営という視点ではどのような取り組みがありますか?

ユーザーの行動データからUIを改善できた例もあります。ゲストがプレミアム会員になるまでの行動を精査したところ、無料登録からプレミアム登録まではほぼ即日。無料会員になると有料記事を月2本試し読みできるのですが、0〜1本しか読まずにプレミアム登録まで一気に進む人が多数派でした。

サブスク契約までの流れは「まずは無料会員になって継続的にサイトを訪れ、より楽しみたくて有料会員になる」と説明されることが一般的ですが、クーリエの場合は「訪れた記事の続きが読みたくてすぐに登録する」という流れが多いと分かりました。

つまり、会員登録の時点で面白い記事があるということは伝わっている反面、動画その他のプレミアムコンテンツの存在は意識せず入ってくる人が多いということになります。
そこで、改めてプレミアム特典を認知してもらうため、会員登録後の動線上にもこうした情報を表示する頻度を増やしました。

UIで言うと、「アンケートや交流会で聞いているような読者の声を、サイト内でもきちんと聞けているか」は今後もっと考えていきたい部分です。
今は会員登録時に「興味のある分野」をフォローするタグという形で聞くに留まっていますが、いずれは実際に読んだ記事の満足度を評価してもらうような仕組みも作りたいと考えています。

行動データはすぐに取れるが、意識データはこちらからUIを整えて聞きにいかないと取れない。ここが現状の課題です。これからも多角的なデータを蓄積して、「クーリエ・ジャポン」というウェブメディアの改善に役立てていきたいですね。

– 行動データと意識データの掛け合わせで読者像が立体的に見えてくるという、データ活用の最先端の取り組みを教えていただきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。


*このセッションが行われたオンラインセミナー「Uniikeyz of the Day act.1 コンテンツビジネスは「IDx」で次の時代へ」は、一部の見逃し配信がございます。
ぜひセミナーレポートと合わせてご覧ください。